アジャイルソフトウェア開発の成功ドライバー:プロダクトマネジャーに焦点を当てて
Sarara Maeda
アジャイルソフトウェア開発は、しばしばイテラティブ(繰り返し反復・改善していくこと)でスピード感のある手法として注目を集めている。しかし、シリコンバレーの外で知られていないポイントは、アジャイル開発特有の役割分担とチーム構成の手法である。本記事ではまず、アジャイル開発チームにおけるプロダクトマネジャーの役割を検証する。加えて、開発されるソフトウェアに応じて様々な種類のプロダクトマネジャーが存在するため、典型的なプロダクトマネジャーのタイプをスペクトラム(グラデーション・連続的な段階わけ)で概括する。最後に、これらプロダクトマネジャーが、独創的なソフトウェアソリューションを生み出すための開発チームの中にどのように位置付けられるべきかをレビューしたい。
プロダクトマネジャー:「ミニCEO」
もっともシンプルに言えば、プロダクトマネジャーとは特定のソフトウェア製品開発におけるミニCEOだと理解できる。彼らは「我々のビジネスのゴールやKPIは何か?」「何が我々の優先事項なのか?」「我々のGo to Market 戦略(市場獲得戦略)はどうあるべきか?」などの質問に答える責任を持つ。同時に、プロダクトマネジャーは開発中の製品を支えるテクノロジーについて理解し、アーキテクトやデベロッパーに方針を伝えなければならない。更に、UI/UX(ユーザーインターフェース、ユーザーエクスペリエンス)はほとんどのソフトウェアプロダクトの成功にとって非常に重要なので、プロダクトマネジャーはプロダクトのデザインについての意思決定を下すための優れた”右脳”を持つ必要もある。つまり、プロダクトマネジャーとは、プロダクト開発、マーケティング(ビジネス)、デザインの核に位置し、プロダクトのアウトプットの全般的な方針を統括するのである。
プロダクトマネジャーは機能横断的な役職なので、左脳的な論理とテクノロジーのケイパビリティに加え、右脳的なクリエイティブな才能も持ち合わせる必要がある。加えて、彼らは開発プロセスを通じて顧客の声を代弁する最前線に立ち続けるので、優れたコミュニケーターである必要もある。顧客およびエンドユーザーのニーズを理解し、プロダクトの機能に組み込むべき最も価値のある機会を識別し、開発チームに実行方針を伝えるためには、高いレベルのコミュニケーション能力が求められる。
なお、しばしばプロダクトマネジャーのアクロニムとして用いられるPMという言葉には、異なる3つの役職が該当するため、しばしば混乱を引き起こす。第一に、適切な製品を開発することに責任を持つプロダクトマネジャー(Prod. Mgr)である。第二が、プロダクトを時間通り、予算内で、スコープ通りに開発することに責任を持つプロジェクトマネジャー(Proj Mgr)である。第三が、他のプロダクト開発のイニシアティブとの整合性を担保しながら、新しいプロダクトのための全体的なエコシステムを作ることに責任を持つプログラムマネジャー(Prog Mgr)である。POC(Proof of Concept:実証実験)などの3-4人のメンバーで構成される小さいプロジェクトでは、プログラムマネジャーはまだ必要とされず、プロダクトマネジャーとプロジェクトマネジャーの役割は一人が担う場合もある。しかし、次第にプロダクトの規模が大きくなると、プロダクトマネジャーとプロジェクトマネジャーの役割はより明確な役割分担の元、分離されることが多い。
プロダクトマネジャーの類型:
ソフトウェアプロダクトの種類にもいくつかスペクトラムがあるように、プロダクトマネジャーの種類も開発されるプロダクトに応じたスペクトラムが存在する。スタートアップでのプロダクト開発には、0からの新製品のイノベーションが求められる。このような新プロダクトの開発には、ユーザーや顧客のニーズに共感し、彼らのフィードバックから必要とされるフィーチャー(機能)を抽出できる「0 to 1プロダクトマネジャー」が求められる。彼らは、最善のプロダクトマーケットフィット(注:プロダクトを市場のニーズに合わせること)を見つけるための幅広いテクノロジー知見を持っていることが多い。多くのシリアルアントレプレナーはこのタイプに分類される。スペクトラムの反対側では、成長フェーズの確立された組織や大きなスタートアップで活用される、「専門的プロダクトマネジャー(Specialized Product Manager)」がいる。専門的プロダクトマネジャーは、プロダクトのパフォーマンスデータを高度に分析することで、プロダクトの成長を最適化することに注力している。このようなマネジャーの例としては、乗客のリテンションや満足度を高めるための、Uberの乗車後レーティングシステムを最適化するプロダクトマネジャーがあげられるだろう。
プロダクトマネジャーの種類に関わらず、全てのスペクトラムのマネジャーの実行戦略の要点はスピードである。”すばやく試し、すばやく失敗し、すばやく学び、すばやく成功する”。このマインドセットはイノベーションチームが、事前にユーザーが許容できる範囲でいくつかの失敗を経験し、フィーチャーを洗練させていくことで、最終的にはビジョンを実現し大きな成功を獲得するための手助けになる。カギとなるのは、最初からプロダクトが完璧にはならないことを、ステークホルダーと合意しておくことだ。プロダクトマネジャーはイノベーターとアーリーアダプターをターゲットとするユーザー受容戦略(User Adoption Strategy)を展開することが多い。このアプローチは、プロダクトの機能が初期フェーズのイテラティブなフィードバックサイクルで微調整されていくことを可能とする。 プロダクトロードマップ上でプロダクトが洗練されていくにつれ、ユーザーによる受容は自然とアーリーユーザーからレートマジョリティやラガード層へと広がっていく。
理想的なチーム構成:
クリエイティブな思考を醸成する環境下で迅速にオペレーションを進めるには、リーンかつ高度に効率的な理想のチームを集める必要がある。チームの人数を増やすことは、しばしばコミュニケーションや意思決定の複雑化とスピードの低下に繋がる。アマゾンのCEOのジェフ・ベゾスは、有名な言葉で、「2つのピザでチームを養えないなら、そのチームは大きすぎる」と述べている。この言わんとするところは、理想のチームは6-8人のトップタレントで構成されるべきであること、その人数のチームがオープンなアイディアのブレインストーミングやコミュニケーションに適しているということである。初期アイディエーションやスコーピングのフェーズのコアチームは、プロダクトマネジャー、テクニカルアーキテクト、およびデザイナーで構成されることが多い。プロジェクトが開発フェーズに移行したら、フロント・バックエンドエンジニア、システムエンジニア(システムインテグレーションが必要なプロジェクトの場合)、QA(品質保証)エンジニア、などがチームに組み込まれる。最先端のテクノロジーを活用する場合には、特定領域の専門家もチームに参画する場合がある。
結論:
“Leaders of companies that go from good to great start not with “where” but with “who.” They start by getting the right people on the bus, the wrong people off the bus, and the right people in the right seats.” ---Jim Collins “Good to Great”
一般に、ソフトウェアソリューションのイノベーションについては、イノベーション戦略ロードマップ(What)やアジャイル開発手法(How)が強調されることが多い。どのようにチームを構成するか(Who)は、成功するためには同様に重要だが、しばしば後回しにされる。このような考え方は、アジャイル手法が機能するために適切なリソースとチーム構成が用意されるよう、変わる必要がある。アジャイル開発手法を適用する場合は、プロダクトマネジャーは開発やマーケティング、デザイン領域で極めて重要な役割を担う。しかし、全てのプロダクトマネジャーの役割は同じではないため、正しい類型のプロダクトマネジャーが特定のプロダクト開発にアサインされるべきである。最後に、シンプルなコミュニケーションと意思決定によりアジャイル手法が真にアジャイル(迅速)であるために、チーム構成をできるだけリーンにしておくべきである。本質的には、アジャイル開発においては適切なチームメンバー(Who)を揃えることは、常に最優先検討事項であるべきなのだ。